強さと生存力

2020年12月8日の日記より

強さと生存力

現在ジャックアタリ氏の著書を読んでいるが、新たな発見という訳ではないが、先日読んだ文章に、6万年ほど前まではヒト属というのだろうか、ホモサピエンスと同じくヒトと分類される種類の生物がいくつか生存していた。ホモサピエンスも含めて、それぞれ100万人程度の人口であったようだが、代表的なのはネアンデルタール人、デニソア人、そういったヒト属の生物種が存在していた。その中でホモサピエンスだけが現代にも生存しており、繁栄している。ネアンデルタール人、デニソア人、といったほかのヒト属は絶滅してしまった。頭蓋骨の解析や、体躯の骨の解析などを通して、最近言われているのは、ネアンデルタール人はホモサピエンスよりも脳の容積は大きく、体躯も大きく力も強かったであろうという事である。このように強くて賢いネアンデルタール人が絶滅し、相対的には弱くて脳も小さなホモサピエンスが生き残り、今や繁栄しているのである。

何が言えるのかというと、種の生存競争に脳の大きさと力の強さは影響するものの絶対的な因子では無いという事だろう。例えばゴキブリは数億年前から生存しているとも言われるし、恐竜は6400万年前に絶滅している。ネアンデルタール人の絶滅の理由については当方はよくわかっていないが、恐らく6万年前とかに来た氷河期というか寒冷の時期の影響が大きかったのではないだろうか。マンモスとかと同時期を過ごしていたのがネアンデルタール人であるが、寒冷期に絶滅の道を歩み始めたという説明がしっくりくる。

ネアンデルタール人はそもそも現在のレバノンとかトルコ、そこから欧州に向かって広がっていったように、ホモサピエンスと比べると比較的高緯度に広がって行った可能性がよく言われる。外敵が少ないところに生活範囲を広げていったのであろう。それは生活をしやすくする上では重要な事である。

しかしながら、外敵が少ないのには理由があり、そもそも長い期間で見た場合に、生存に厳しいからと言う事があったのだろう。短中期でネアンデルタール人は外敵の少ない環境での生活を選択していったが、まさに彼らというかそこにすむ生物にとってのリスクであった寒冷期が来たことで絶滅の道を歩んだ、そういう見方も出来るのではないだろうかと思える。ホモサピエンスは外敵が多い環境の中で、海を渡ったり海岸線を歩いて移住する事はあったようだが、どちらかというと広く浅く生活圏を広げていった。どの土地に行ってもメジャーな存在にはなり得なかったのだろう。その事が色々な知恵を生み出し、様々な環境で生活する同種の存在を生み出し、どこかで集団の消滅があっても全体として生き残る事が出来た。それが今日のホモサピエンスとネアンデルタール人を分けた違いなのかもしれない。

これは今日の企業活動についても言えるのかもしれない、とふと思った。技術力があるからと言って外敵が少ないところで、環境変化のリスクを後回しにして生きていると、絶滅の危機が迫る。環境変化のリスクというのは、技術力があっても、対処する方策を考えていないと回避できない。ガラパゴスと言われた日本国内で競争していた家電メーカーや、携帯電話製造会社、そういった会社がグローバル経済に飲み込まれていった姿に重なる所がある。一部の企業は環境変化に適応できず消滅していった。これはネアンデルタール人の絶滅にも通じるものがある。もちろん、ネアンデルタール人のDNAが現代のホモサピエンスには一定程度含まれており、交雑があり、痕跡が消えたわけではないが、それもハイアールの家電事業のようなもので、痕跡はあるが元の種としての存在は無くなったと言っても言い過ぎではないのである。

ユダヤ人と日本人

新たな本を読み始めたところだが、ユダヤ人が2500年前に東に移住して、日本人の祖先として日本列島に住み始めたという伝説を検証していくというもので、まだ序盤であるが、今後の展開について期待している処だ。

伝説は色々あるが、実証が極めて難しいという意味で、本能寺の変ブームに似たものがあり、一つの分野として確立していくだろう。本を読む前の予備知識段階で会はあるが、伊勢神宮にダビデの紋章があったり、カゴメカゴメの歌がユダヤの言葉と似ていると言われていたり、もともとそういった伝説は多くある。実際、モーセの十戒の時期にユダヤの地で国を追われた人々がいたのは確かなのだろう。あの地域は当時エジプト、ギリシア、勃興中のローマに囲まれており、色々な権力争いに巻き込まれていたはずだ。南にエジプト、西にギリシアとローマという環境で北か東が選択肢となり、北に行くと気候条件が大きく変わる恐れがある、というか北に行った人間より東に行った人間の方が生存率が高く、東への移住が成功していったというのは説得力がある。

ただ、中国は既にある程度の文明が出来上がっていた時期なので、ごっそり中国の権力を取得して、さらには一部が日本まで移住してきた、というのは今後、本を読みながら分析していきたい。ただ、秦という国家の成立した時代と、三国志時代、大和朝廷、という流れを考えて、その頃に日本にも秦氏という勢力が拡大して、多くの神社を作ったという話だけを聞いても、ロマンを掻き立てる話ではある。

新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255)

単に移住してきてその土地土地で中心的な地位を占めるに至るわけではなく、何らかの要因が無ければそうはならないと思う。可能性としては圧倒的な人員力もしくは、何らかの革新的技術と言う事になるだろう。当時の状況を考えると、大きく時代を変える可能性があるのは金属精錬技術と言う事になる。矢じりであったり、刀、槍、そういったものに使われる鉄の精錬に長けていれば、戦争で優位に立てる。インカ帝国とスペインの戦争ではないが、今まで交流が無かったと力の侵略者が画期的な武器を持っている場合は、圧倒的な力の差が生じてしまい、一気に勢力を拡大すると言う事があり得る。ユダヤ人の強みがそこにあり、戦争で一気に東アジアでの勢力を拡大していった、という事であれば面白い話であるだろう。

そうでなくても人類の起源はアフリカであり、そこから色々なルートがあるが数万年、数十万年をかけて東アジアまで広がってきたのはほぼ間違いのない事のようだし、今日本人の中心になっている集団が3万年前に来た人か、2500年前に来た人かの違いだけであり、それほど大きな問題でも無いとも言える。

海の歴史

いづれにせよ、日本最初の高炉が作られた日本の鉄の発祥の地は、いまは日本製鉄の八幡製鉄所となっており、八幡という地名には、八幡神社が強く影響しており、八幡神社は秦氏の影響が強いというのが歴史的な見方である。そう考えると、現時点では非常に貧弱なエビデンスではあるが、ユダヤの人々が鉄を持って東アジアを征服していったという考え方に通じるものがあり、今後の本の展開には期待したいと思っている。